今こそ、精神に自由な外出を。
―前編―

東京芸術祭総合ディレクター 宮城聰さん
ⓒ ATARASHI Ryota
本来であれば今年の7月から開催予定だった、東京オリンピック・パラリンピック。新型コロナウイルスの世界的流行により、同時期に東京で開催予定だったさまざまな文化イベントも、延期または中止となりました。
WHOによるパンデミック宣言から半年。この秋、“withコロナ時代”に対応した新しい表現方法を模索しながら、豊島区池袋エリアを中心に「東京芸術祭2020」が開催されています。文化・芸術活動が持つ意味や、舞台芸術の新しい楽しみ方について、東京芸術祭総合ディレクター・宮城聰さんに聞きました。
東京芸術祭は「世界で5本の指に入る舞台芸術祭」に発展することを目指して取り組まれてきた、東京都の文化事業です。今年はオリンピックイヤーとして、より大きな盛り上がりが期待されていました。
「緊急事態宣言が出て一旦全て中止になり、やはり最初は打ちひしがれましたね。『3カ月くらい劇場が閉まっても、誰も困らないじゃないか』『こんな時期に芸術が必要だなんてワガママだ』というような声も大きかったですから。
コロナ禍のただなかでもやるべきか、根底から考えました。文化事業に使う予算があるなら、1円でも多くコロナ対策に使った方がいいんじゃないか――。自問する中で、日本における東京の役割、東京の価値って何だろうと考えてみたんです」
感じているのは、多くの人が“二分法的思考”に陥っていること。白か黒、善か悪、敵か味方……のような。
「ZOOM飲みも意見が違う人とはしないでしょう(笑)。日本中で『うんうん。そうだよね』と、ツーカーな人としか話さなくなっている。
感染者が少ない地域で1人でも出ると『異物は排除しろ』みたいな大変な騒ぎで、まるで戦前のような排他意識。
その人なりの事情とか、自分も同じ立場になり得るとは考えられなくなり、他者への共感が衰え“分断”が進行している。
その中で東京は “二分法じゃない思考”を、維持していかないといけないのではないか、と思ったんです」
今、なぜ私たちは東京に住んでいるのか。「一人ひとりに考えてもらいたい」と宮城さん。いろんな人がいていい。
それぞれに居場所がある。それが、東京に住み続ける理由という人が多いのではないか、と。
「東京は多様性が容認されています。そこが最大の価値。それを維持し続けるには、やはり文化・芸術の力が役に立つと思うんです。
言い方を変えれば、文化事業を全部やめちゃったら結構ヤバいかもしれない。『この考え方だけが正解。あとは敵』みたいな空気は決定的な分断で、その二分法に加担しちゃうことになる。長い目で見ると『あの時、すごくまずいことをしたね』と、なるかもしれない。
『こういうのも“美”だよね』とか、いろんな考え方があることが一番分かりやすく提示されているのが芸術です。芸術が持つ『先入観を根底から疑ってみる力』を最大限に発揮して、大変だけどここは頑張って芸術祭をやった方がいい、という考えに落ちつきました」


東京芸術祭2020 https://tokyo-festival.jp/2020/
2020年9月30日(水)~11月29日(日)
東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、東京建物
Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)、GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)ほか 池袋周辺エリア
東京芸術祭では、約30のプログラムにおいて “三密”を避けることはもちろん、出演者、観客、スタッフともに安心・安全な形で工夫が凝らされています。


野外劇『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』稽古の様子(撮影:大中小)
……と、そこで浮かんでくるのが「舞台って、本番中の役者同士は濃厚接触では?」という疑問。フェイスガードの使用や、万が一に備えて常に代役を立てられる態勢、リアルとオンラインの融合など、さまざまな対策がありますが、
宮城さんには、ある気付きがあったのだそう。
「
“三密こそ演劇”という考えも、それはそれでOK。僕も最初は三密を禁じられたら何もできないと思ったし、つくる側も一般のお客さまも、舞台は役者が顔と顔がくっつくくらいに濃厚接触するものという先入観があったと思うんですね。
でも、歌舞伎とかギリシャ悲劇などの古典演劇は、あまり濃厚接触しない。なぜだろうと考えたら、実は舞台芸術の歴史の大半は疫病とともにあったんです。シェイクスピアが活躍した時代には、2度くらいペストの大流行がありますからね。
また、マイクなどのテクノロジーもないから、俳優は向き合わず、観客に向かって喋らないとセリフが聞こえなかった。かつて芝居はそういうものだったんです。
古典演劇は、withコロナ形式かもしれない。劇場が衛生的で明るく安全な場所になったのは、この100年くらい。
私たちが当たり前と思い込んでいた思考を相対化できるコロナ禍は、まさに“歴史のまばたき”。僕にとってこれはインパクトでした」


野外劇『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』準備の様子(撮影:大中小)
取材・編集:加藤瑞子
プロフィール
宮城 聰(みやぎ・さとし)
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京芸術祭総合ディレクター。東京大学で小田島雄志・渡辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、1990年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、またアウトリーチにも力を注ぎ「世界を見る窓」としての劇場運営をおこなっている。2017年『アンティゴネ』をフランス・アヴィニョン演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、アジアの演劇がオープニングに選ばれたのは同演劇祭史上初めてのことであり、その作品世界は大きな反響を呼んだ。他の代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。2006〜2017年APAFアジア舞台芸術祭(現アジア舞台芸術人材育成部門)プロデューサー。2019年東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門総合ディレクター。2004年第3回朝日舞台芸術賞受賞。2005年第2回アサヒビール芸術賞受賞。2018年平成29年度第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2019年4月フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
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