多様な価値観を認め合う東京の魅力が詰まった「東京芸術祭2020」。

今こそ、精神に自由な外出を。

―後編―

2020/11/20 公開
東京芸術祭総合ディレクター 宮城聰さん

東京芸術祭総合ディレクター 宮城聰さん
ⓒ KATO Takashi

現在、開催中の東京芸術祭で行なわれた実験的な取り組みの一つが “オンラインとリアル”の融合です。ここでも、宮城さんならではの興味深い視点を伺いました。

リアルとバーチャルは“フリーズドライ”な関係!?

「本当にまだまだ実験なので、こうすれば必ずうまくいくとは言えないんですが……。もしかすると、バーチャルという手法によって相手役や観客の肉体に影響を与えることが可能なんじゃないか、という実験をしています」

「たとえ話ですが、日本の平安時代、自分の気持ちを打ち明ける時には手紙を書きましたよね。読む側も和歌にグッときたり、ときめいたり。同じ時代、ヨーロッパにはまだ紙がないんですよ。何か記録するには羊皮紙などにインク。コストと労力がいるから、好きな人の家の窓の下で歌を歌った。つまり、窓の下で歌うのが肉体、手紙はバーチャル。
だけど、平安時代の恋愛は、手紙が十分肉体に訴えかけていたんです。手紙を読むだけで相手のニオイまで思い起こし、夜を共にした経験とか、ありありと思い起こす。

それが起こり得た理由の一つが、テクノロジーです。といっても、紙と筆ですけど。筆に墨をふくませてサラサラッと書くと、自分のエネルギーの状態が文字に表現される。大胆すぎるかしらなんて躊躇する気持ちや、思い切って言っちゃえという勢い、そんな体の様子がそのまま文字に現れますよね。読む側もそのエネルギーの流れを読み取れるから、自分の肉体も呼び起こされていく。

僕はそれを、“フリーズドライ”って言ってるんだけど(笑)。お湯をかけると元に戻る、みたいな。ヨーロッパよりテクノロジーが進んでいた。
もう一つは、受け止める側に、そのリテラシーがあるということ。平安時代は子どもの頃から訓練されているから、書いた人のエネルギーの流れまで読み取れる。

つまり、テクノロジーと訓練が合わさって、手紙というバーチャルなものから肉体的な影響を受けるという現象が起こった。だからこれからは、演劇あるいはダンスが何かバーチャルな手法を使うとすると、テクノロジーとリテラシーが求められていくと思うんです。

最初はまだリテラシーがないから、映像を見ても分からなかったり、エネルギーが伝わらなかったと思うかもしれない。でももしかすると、それも訓練によって、わずかなデジタルな情報から脳内に肉体が立ち上ってくるようなことが可能になるかもしれません。
そういう実験を、まさにこの“歴史のまばたき”である今、皆がするようになるのではないかと思います。

もちろん、本来の舞台芸術として肉体と肉体が出会う、生身の体と出会う経験は、いつまでたっても大事で、それはそれであった上で、演劇とか舞台芸術の品揃えが、ぐっと広がるということが起こるかもしれないですよね」

『ダークマスターVR』(タニノクロウ脚色・演出)

『ダークマスターVR』(タニノクロウ脚色・演出)

『ダークマスターVR』プリセット時場内の様子(撮影:前田圭蔵/東京芸術劇場)

『ダークマスターVR』プリセット時場内の様子(撮影:前田圭蔵/東京芸術劇場)

『ダークマスターVR』公演中の様子(撮影:前田圭蔵/東京芸術劇場)

『ダークマスターVR』公演中の様子(撮影:前田圭蔵/東京芸術劇場)

1番難しいのが人材育成

総合ディレクターに就任した当初から「東京芸術祭の隠れた最大の目的は人材育成」と語ってきた宮城さん。オンラインでの人材育成とは――。

「結論だけまず言っちゃうと、人材育成がオンラインでは一番難しいです(苦笑)。そこが最大の課題かもしれないですね。
表現についてはいろいろ良いことも起こると思うけど、人材育成についてだけは、正直なところ不安です。どうやったらカバーできるか、考える必要があると思います。
バーチャルだけじゃなく、どうやったらリアルに出会えるのか、ということの追求もしながらですね」

『APAF2020』

『APAF2020』

ミニゲームを通してコミュニケーションをはかる様子(APAF Lab)

ミニゲームを通してコミュニケーションをはかる様子(APAF Lab)

各自が研究テーマを設定しリサーチを深めていく(APAF Lab)

各自が研究テーマを設定しリサーチを深めていく(APAF Lab)

8カ国のメンバーが参加するAPAF Labのオンライン初日打ち上げ(8月)

8カ国のメンバーが参加するAPAF Labのオンライン初日打ち上げ(8月)

心のステイホームを解く契機に
野外劇『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』

野外劇『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』
https://tokyo-festival.jp/2020/program/nippon_chachacha/

最後に、都民へのメッセージを。

「人間は危機的状況になると、“寄らば大樹の陰”と、一つの考え方にくっつくような現象が起きます。ですが、実はそれは脆弱な社会で、一方からの風でボキッと折れてしまう。戦前の日本とか、全体主義が進行する時ってそういう状態です。
いろんな考え方がある方が、社会がしぶとくなります。一つの考え方に閉じこもってしまうと、外出できる状況になっても心がステイホームしちゃう。これを解かなければ、社会は脆弱になってしまいます。
だから今こそ、精神に自由な外出をさせましょう。演目は極めて多彩です。コアな演劇ファンも、これまで一度も劇場に足を運んだことのない方々も、『これは!』と思える入口が用意されています。ぜひ足をお運びいただき、アーティストたちの挑戦を応援してください」

撮影:住田磨音
撮影:住田磨音
撮影:住田磨音

撮影:住田磨音

取材・編集:加藤瑞子

プロフィール 
宮城 聰(みやぎ・さとし)

1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京芸術祭総合ディレクター。東京大学で小田島雄志・渡辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、1990年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、またアウトリーチにも力を注ぎ「世界を見る窓」としての劇場運営をおこなっている。2017年『アンティゴネ』をフランス・アヴィニョン演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、アジアの演劇がオープニングに選ばれたのは同演劇祭史上初めてのことであり、その作品世界は大きな反響を呼んだ。他の代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。2006〜2017年APAFアジア舞台芸術祭(現アジア舞台芸術人材育成部門)プロデューサー。2019年東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門総合ディレクター。2004年第3回朝日舞台芸術賞受賞。2005年第2回アサヒビール芸術賞受賞。2018年平成29年度第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2019年4月フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。

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